とある講師の冒険譚

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【雑談】季節外れの雪ー東京都内では32年ぶり 3月下旬の積雪ー

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本日(2020/3/29)正午、東京都心では1cmの積雪を観測した。都心で3月下旬以降に1cm以上の積雪を観測したのは32年ぶりのことだそうである。

都心で3月下旬以降に1センチ以上の積雪を観測したのは1988年4月8日以来32年ぶりのことらしいが、春に季節外れの雪が降った例を調べてみると驚きの歴史があったので紹介したいと思う。

 

 

季節外れの雪

今回のような春に降る雪には名称があるそうです。気象用語では「終雪」と言うそうですね (^o^;)

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終雪(しゅうせつ)とはを迎えてから、その最後の降雪)のこと。終雪は気象台が観測・発表するが、初雪とは異なり一般的にはほとんど使われない。同意語には名残雪(なごりゆき)、忘れ雪(わすれゆき)、雪の果て(ゆきのはて)、涅槃雪(ねはんゆき)の言葉がある

 

【出典】フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

この中でも「なごり雪」や「忘れ雪」などは、謡曲の曲名小説の題名に使われていて聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

忘れ雪 (角川文庫)

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  • 作者:新堂 冬樹
  • 発売日: 2005/02/25
  • メディア: 文庫
 

 ちなみに「終雪」は例年だと…

1981年2010年平年値では、東京都内3月10日頃、名古屋市3月6日頃、大阪市3月7日頃、福岡市3月4日頃と概ね、関東から九州北部にかけての太平洋側の地点では3月初めから上旬ごろ、ひな祭り二十四節気啓蟄頃に終雪を迎えている。さらに、温暖な気候で西日本太平洋側の四国九州では2月中の地点があり、高知市2月17日熊本市2月23日頃、鹿児島市2月15日頃とかなり早いため春の訪れが早い。

 

【出典】フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

というように地域によってバラツキがあるが、関東地方遅くとも3月上旬が「終雪」となっていることが多いらしい!  今回の降雪・積雪は完全に季節外れということなんですね (^o^;)

それでは、今回のような季節外れの雪が歴史上に存在しているかどうか、どうしても気になったので調べてみると……なんと6月に雪が降った例を発見してしまった!

 

 

季節外れの雪とその歴史

観測史上の「終雪」は?

ちなみに気象庁で観測された過去の「終雪」を見てみると、関東地方では…

東京で最も遅い終雪は1967年・1969年・2010年の4月17日(1876年11月統計開始)、最も早い終雪は1973年の1月15日

 

1973年1月15日 - 1973年の冬は東京で雪を2日しか観測せず、初雪を観測した1月7日の8日後が終雪となった(最も早い終雪)。

 

1988年4月9日 - 東京で4月としては記録的な大雪、80年ぶりとなる積雪9cmを記録。

 

2007年4月4日 - 東京で1988年以来となる4月に降雪を観測。

 

2010年4月17日 - 東京で1969年以来となる最も遅い終雪を観測(1位タイ)、積雪0cmも記録した。

 

2015年4月8日 - 東京で2010年以来となる4月に降雪を観測。銚子では最も遅い終雪の記録を90年ぶりに更新した。

 

 

【出典】フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

とあるように、4月に「終雪」が確認された例も存在した。

 

 

歴史上の「終雪」は?

歴史上の「終雪」を調べてみると、鎌倉時代に「6月に雪が降った」と書かれた史料を何点か発見した。

 

【史料①】『吾妻鏡』寛喜2年6月11日条

(本文)寛喜二年六月小十一日辛未。微雨灑。午刻。武藏國在廳等注申云。去九日辰尅。當國金子郷雷交雨降。又同時降云々。

 

(現代語訳)寛喜2年(1230)6月11日。少し霧雨が降った。昼12時に、武蔵国国衙の役人から手紙が届き「先日の9日午前8時頃に、武蔵国金子郷(現在の埼玉県入間市金子)に雷雨があり、同時にがふったとさ。 

 

【史料②】『吾妻鏡』寛喜2年(1230)6月16日条

(本文)寛喜二年(1230)六月小十六日丙子。晴。美濃國飛脚參申云。去九日辰尅。當國蒔田庄白雪降云々。武州太令怖畏給。可被行徳政之由。有沙汰云々。

 

(現代語訳)寛喜2年(1230)6月16日。晴れ。美濃国の飛脚がやって来て「先日の9日午前8時頃、美濃国蒔田庄(現在の岐阜県大垣市上石津町牧田辺り)に白雪が降りました。」と言った。北条泰時は(このことを)大変恐れ、恩赦などを実施することを決定なさった、という。

 

【史料③】『吾妻鏡』宝治2年(1248)6月15日条

(本文)寳治二年六月小十五日辛夘。酉尅。常陸國關郡仁木奈利郷白雪降。則休止云々。

 

(現代語訳)宝治2年(1248)6月15日。午後6時頃、常陸国二木成郷(現在の茨城県下館市二木成)に白雪がふったが、すぐに止んだそうである。

 

【史料④】『吾妻鏡』宝治2年(1248)6月18日条

(本文)寳治二年六月小十八日甲午。寅尅。濫橋邊一許町以下南降。其邊如霜云々。

 

(現代語訳)宝治2年(1248)6月18日。午前4時頃、(鎌倉の)乱橋の100mほど南でが降った。その辺りは霜が降ったみたいに真っ白だったという。

 

寛喜2年(1230)は鎌倉時代を通じて最大規模の飢饉「寛喜の飢饉」の年であった。飢饉が生じた前後の時期は天候不順が続いており、日本中が疲弊した状態にあった。すでに1229年には、飢饉を理由に「安貞」から「寛喜」への改元が行われている。

翌寛喜2年(1230)にも天候不順は続き、【史料①】【史料②】にみられるように、6月9日には美濃国蒔田荘(現在の岐阜県大垣市石津町牧田辺り)および武蔵国金子郷(現在の埼玉県入間市金子)で降雪が記録される異常気象に見舞われた。

 

また、宝治2年(1248)は前年に「宝治合戦」と呼ばれる鎌倉幕府の内乱があり、戦後の混乱のなかで不吉な出来事と捉えられたのではないでしょうか? 【史料②】を見ると当時の為政者である執権の北条泰時御成敗式目を制定したことで知られる)が、不吉を避けるために恩赦を実施していることが分かる。

 

他にも史料があると思われるが、今回は簡単に関東地方で初夏に雪が降ったとされる歴史上の出来事を垣間見た。こうして見ると今回の降雪・積雪は珍しいことではないような気がしてくる……。

 

最後に…

私が住む埼玉県でも外出自粛要請が出されており、折りしも降雪が重なったため家でゆっくり過ごすこととなった。ふと調べ物を始めてしまい、いつの間にやら1記事書いてしまった次第です。

専門が歴史学(日本史専攻)のため、ついつい書き過ぎたように思うが、参考になったという方はコメント等をいただけると幸いです。